2011-01-01から1年間の記事一覧

「作者の死」?――ロラン・バルト雑感その3

ロラン・バルトが描いてみせた「作者の死」の光景には、作者の死体と並んで、批評家の死体が転がっている。 ひとたび「作者」が遠ざけられると、テクストを<解読する>という意図は、まったく無用になる。あるテクストにある「作者」をあてがうことは、その…

『表徴の帝国』の誤訳――ロラン・バルト雑感その2

バルトの著作の翻訳については、とりわけ日本に紹介され始めた頃の翻訳のひどさがよく指摘される。前出のユリイカ2003年12月増刊号では、やはり松浦寿輝が宗左近訳『表徴の帝国』その他いくつかの書名を挙げ、「ああいう欠陥商品を平然と刊行して本屋に並べ…

小説を書かないことの幸福――ロラン・バルト雑感その1

澄み切った秋空がひろがっている。今朝から何も食べていない。空腹の中、山崎ナオコーラのエッセイ「小説を書くに当たって」(文學界10月号)を読んだ。小説が人間を描くこと、小説家が人間であることが、ともにいさぎよく否定されている。なんておもしろい…

死の恐怖をめぐって――中島義道、大江健三郎、森岡正博を中心に

ホリエモンが収監される前、あるインタビューで、こんなことを語っていた。 ボクは6歳の頃から、死について考えていました。いつか死ぬ、明日かもしれない。そう考えると怖い。でも気付いたんです。考えるから怖い、考えなければ怖くないと。しかし何かの拍…

ベンヤミンの中動態、ヘイドン・ホワイトの誤解

中動態というのは印欧語に見られる態のひとつで、それがどのようなものかといえば、その名の通り「能動態と受動態の中間にある態」ということになる。用語自体は古典ギリシャ語の文法に由来するようだが、実例を挙げれば、ラテン語の「受動形式動詞Deponenti…

ジュリア・クリステヴァが読むジョナサン・リテル『慈しみの女神たち』

楽しみにしていたジョナサン・リテル『慈しみの女神たち』の邦訳がついに出た。さっそく読んだら面白くて腰が抜けた。そして、悪い意味ではなしに、もやもやした。この「もやもや」刺激部について、世の読書人はどう読んでいるのか知りたいと思った。書評な…

「雑誌『新しい天使』の予告」(4)

最終回。最後の二つの段落を読む。この雑誌を制約するもうひとつの制約と、その制約の帰結について。また、この雑誌が『新しい天使』と名付けられていることの意味について。「この私」が、雑誌の統一性の妨げであると同時に、いやそれゆえに、雑誌の統一性…

「雑誌『新しい天使』の予告」(3)

第6段落と第7段落。ここで主に語られているのは、対象を論じる際の姿勢と、書き手の資格についてである。とりわけ、哲学的および宗教的取り扱いの重視、そして哲学的および宗教的普遍性と科学的普遍性との違いを掴むことが読解のポイントとなる。ベンヤミン…

「雑誌『新しい天使』の予告」(2)

第3段落から第5段落までを読む。掲載される文章のジャンルが三つ示されている。「批評」と「創作」と「翻訳」。ベンヤミンの説明は極めてロジカルだ。既存の翻訳でかすんで見える部分、いくらかコントラストを上げてみた。***まず何よりも、批評。アクチ…

「雑誌『新しい天使』の予告」(1)

ヴァルター・ベンヤミンは、1921年、『新しい天使』という名前の雑誌を構想していた。この名前は、同年彼が手に入れたパウル・クレーの絵からとられている。結局、この雑誌は実現しなかったのだが、ベンヤミンは、短くも密度の濃い、かつ非常に示唆に富んだ…

それを「主語」と呼ぶのは自由――柳父章『近代日本語の思想』、金谷武洋『日本語に主語はいらない』、鴻巣友季子「朝吹真理子 アテンポラルな夢の世界」

文芸誌『群像』の三月号で、マイケル・エメリックという日英翻訳家と柴田元幸が対談をしている。一か所、ふつうに読めば、奇妙なやりとりがある。 エメリック (……)日本語には時制が無いと言われます。完了形が基本で過去形がないので、自由に「〜であった…

やはり「た」は「過去形」ではない――藤井貞和『日本語と時間』、熊倉千之『日本人の表現力と個性』、そしてトマス・ハリス『羊たちの沈黙』

今から十年以上前、妻の妊娠を機に会社を辞め、二人でフランスを一か月ほど旅行した。ニースを拠点にコートダジュールの観光名所をいくつか巡り、アルル、アヴィニョン、リヨンと北上し、最後の十日間ほど、パリで過ごした。一か月はあっという間だった。帰…

誤訳は何故なくならないのか――ポール・ド・マン、ジャック・デリダ、ヴァルター・ベンヤミン、山城むつみの交点

誤訳はなぜなくならないか。理由はいくつか考えられる。けれど、この問題を考える上で、まず除外しておかなければならないものをひとつ挙げておく。それは、「あらゆる翻訳は誤訳である」という考え方だ。この命題の根には、「翻訳とは、異なる言語に属する…