2024-01-01から1年間の記事一覧

極限的な恐怖を凌駕する不思議について

山内志朗『ライプニッツ なぜ私は世界にひとりしかいないのか』によれば、23歳のライプニッツが次のように書き残している。 (……)だが、時には夢見ている人が、自分は夢を見ているということが分かっていても、それでも夢は続くことは見逃してはならない。…

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お知らせ

その一 こちらとこちらの書籍を翻訳された方の論攷「中島京子『イトウの恋』における翻訳の役割」が公開されている。ここをクリック。かなり以前『トラデュイール』という電子同人誌(?)に寄稿していただいたもの。「原典が隠そうとするものを明るみに出す…

わたしは自分で夢から覚めることができる

ひさしぶりに永井均の『〈子ども〉のための哲学』を読む。「ぼくはよく夢を見ながら 『これは夢だ』 と思うことがあるけど、だからこんな夢からさめよう、とりきむと、それには成功したためしがない。たぶん、夢の中でこれは夢だという内容の夢を見ているか…

『日本の言語の起源の補綴――La prothèse d'origine de la langue : j(aponaise) 』について

ようやく『日本の言語の起源の補綴』を書き上げることができた。翻訳論のつもりで書いたが、ジャンルとしては、オールドスタイルの――反時代的というべきか――文芸評論にあたる。こんなもの、いまどき誰が読むのか、という気がする。世間的にはまったく無意味…

松浦寿輝と日本語

さて小松英雄は『仮名文の構文原理』で「句読点の挿入を積極的に拒否する」連接構文的な「〈付かず離れず〉の弾力的な文体の特性」が「和歌において極限まで追求された」と述べている。ところが釈迢空は短歌に平気で句読点を放り込む。折口信夫が日本語の持…