実在性・不死性・神秘性――カンタン・メイヤスー『有限性の後で』から取り出せる三つの論点(2)

梶井基次郎「路上」に記されたいくつかの言葉を強く引き絞ることによって得られる不死性の推論は、もともと異質な三つの要素の複合として構成されている。第一のそれは述語論理に基づく「他者は我なり」の推論であり、第二のそれは「視点の反転」の常態性についての閃光的な気づきであり、第三のそれは「この自分」の《いまここ性》に由来する不死の自明性である。

三つのうちで一番パワフルな不死性要素が最後に挙げた「この自分」の《いまここ性》に伴う不死の自明性であることはいうを俟たない。なぜならそれは自明――自ずから明らかであるから。

カンタン・メイヤスー『有限性の後で』から取り出せる二つ目の論点は、この自明な不死性に関係する。換言すれば、自分は不死か可死かという問題である。あらかじめ述べておくと、メイヤスーは「あらゆるものの〈別様である可能性/非存在の可能性〉」を主張しており、したがって自分が不死であることの自明性に異を唱えざるをえない。そういう立場に置かれている。

メイヤスーの主張の核心に触れるこの論点が顔を見せるのは、「私たちの死後の未来はどうなるか」というテーマをめぐって、キリスト者、無神論者、相関主義者、主観的観念論者、思弁的哲学者の五者が、それぞれの立場から意見を戦わせる場面である。

この架空の議論の場において、キリスト者は「私たちの存在は死後も存続する」と主張するであろう。「神の永遠の観想においてそうなのである」と。しかし無神論者は正反対の意見を述べるだろう。すなわち「私たちの存在は死によって完全に破棄される、死が私たちを純然たる無にする」と言明するはずである。

いずれも独断的と呼んでいいであろう両者の実在論に対して、相関主義者が「相関項の第一次性」を持ち出して反論を加えることは必定であろう。「相関項の第一次性」とは、「私たちは、それ自体で存在するものではなくて、思考に対して与えられたもの=所与にしか関わることができない」とする、相関主義の根幹をなすテーゼである。キリスト者においては「私たちの有限な理性にとって理解不可能な存在者」とされる「神」が、そして無神論者においては「純然たる無」が、それぞれ「即自的なもの」とみなされているが、それらはじつのところ「思考に対して与えられたもの」であるにすぎないと、相関主義者はいうであろう。そしてこう付言するに違いない。「即自的なものは〈私にとってのもの〉に変換されなければ知ることはできないが、これと同様に、私は、この世界にもはや私が属していないという条件下で私がどうなりうるのかを知ることはできない、なぜなら、知というものは、この世界に属しての存在を前提にしているからである」

よって相関主義者の主張は、次のようなものとなる。私たちは死後どうにかなるであろう。それはどう考えてもいい。しかし、どう考えてもいいとして、その「どう」の内実、つまり、どうなるかについて確定的なことは私たちには知り得ない。それは私たちの思考の埒外にある。

相関主義者の唱えるこの不可知論に対し、主観的観念論者の突きつける見解が、冒頭に見た不死の第三要素と同じ、「私」の自明な不死性である。観念論者は述べる。即自的な神や無が思考不可能であるのはいうまでもないとして、相関主義者の想定する「この世界にもはや私が属していない」という状態もまた思考不可能ではないか。「私がもはや存在しないということを私が思考するなど不可能であり、私は現に思考しているという事実ゆえに、自己矛盾になるしかない。私は、存在しているものとしてしか、現にそうであるように存在しているものとしてしか、思考できない。ゆえに、私は存在するしかない。いつでも今そうであるように存在するしかないのである。したがって私の精神は、身体はともかく、不死である」

メイヤスーは、主観的観念論を相関主義の「『内的な』敵」と呼んでいる。なぜならそれは、相関性を突き詰め、これを絶対化することで相関主義を内側から食い破ろうとするものだからである。つまり、主観的観念論者は、「相関項の第一次性」の原理を自己の死という観念に適用してみせたのである。そして主観的観念論においては、「まったくの無‐主観的なものは存在しえない」。すでに見たように、思考不可能なものは「除去」されるということである。「こうして観念論者は、根本的な超越性のあらゆる形態を無化するのと同じやり方で、死を無化するのだ」

このような考え方は、「路上」から読み出された「変な気持」の不死論と、発想の中核を共有しているように思える。

この主観主義に対して、相関主義者(強い相関主義者)が再反論を行うとすれば、どのような形が考えられるか。相関主義者は、まずなにより「死において私がまったく別様になりうること(神によって自失させられるとか、無化されるなど)は、私の自己同一性の存続と同じく思考可能である」と断言しなければならないだろう。つまり、自分の可死性を主張しなければならない。そしてその際に相関主義者は、「相関項の事実性」(斜体は原文では傍点)と呼ばれる新たな原理を支えとするであろう。ここで「事実性」とは、世界のあらゆる事実、あらゆる構造、あらゆる法則が現にこうである理由は問うことができず、ただひたすら事実として受け取るほかないという、世界と私たちの根本的な在り様をいうものである。この相関主義第二の原理は、その帰結として、「世界の《全き他者Tout-Autre》」の可能性を「その不可能性を確立できないという私たちの不能性」において消極的に是認せしめる。消極的というのは、相関主義者がここから引き出すのは、「何であれ絶対的に不可能であるとは言えない、思考不可能であるとさえ言えないということ」までだからである。つまり、それが否定できないことは認めるが、それを肯定することはしない。よって相関主義者によれば、「思考不可能なものが不可能であるということは、思考不可能である」(斜体は原文では傍点)ということになるだろう。

この原理を、相関主義者は、可死性の議論に適用する。たしかに主観的観念論者のいうように「私がもはや存在しないということを私が思考するなど不可能」であろう。しかし私は自分が存在する理由を知らない。私の存在は理由なしだ。自分が存在することに理由がないのであれば、自分が理由もなく存在しなくなる可能性も排除できないだろう。つまり――自分の死というものがどういうものであるかは思考できないにしても――自分の死の可能性そのものについては思考可能である。相関主義者はいう。私は「思考不可能なものを思考できないが、思考不可能なものの可能性であれば、実在の非理由において間接的に思考できるのである」。したがってキリスト者、無神論者、そして主観的観念論者が表明する絶対主義的な見解は、いずれも思考可能であり、「合法」である。ただし、それらを肯定するに足る必然的理由は存在しない。よって相関主義者としては、いずれも肯定できない。

こうした相関主義者の考え方――「非理由」を蝶番に私の不死性と私の可死性を対等に結び付け、そこから後者の思考可能性を反射的に引き出すというこの考え方は、しかし正当だろうか?

正当ではないように思える。なぜなら、この考え方は、その基礎部分に看過できない瑕疵が疑われるからである。

しかし説明は後に譲り、先に進むことにする。相関主義者の議論を受けて、最後の発言者である思弁的哲学者(すなわちメイヤスー)が展開する主張、それを見ておきたい。その発想のアウトラインは、主観主義者の流儀に即して相関主義者の発想を逆手にとる、というものである。具体的にいえば、思弁的哲学者は、主観主義者が相関主義の第一原理、すなわち「相関性」を絶対化したのにならい、相関主義の第二原理、すなわち「事実性」を絶対化するという戦略を採用する。

相関主義者にとって「事実性」とは、「思考は〈存在するものがなぜ存在するのか〉を明らかにできないという、思考にとって本質的な不能性」を意味する。しかし思弁的哲学者は、相関主義において私たちの思考の限界と見られていたこの「事実性」の帰属を、「私たち」から「世界」へと移転する。つまり、「事実性」の本質を構成する「非理由」を「存在者の究極の特性」(斜体は原文では傍点)とみなすのである。しかし、それだけではない。思弁的哲学者は、ここからさらに一歩踏み込む。「あらゆる事物そして世界全体が理由なし」であるのなら、それらは「この資格において実際に何の理由もなく他のあり方に変化しうる」(斜体は原文では傍点)という主張の形成にまで思考を突き詰めていく。

いかなるものであれ、しかじかに存在し、しかじかに存在し続け、別様にならない理由はない。世界の事物についても、世界の諸法則についてもそうである。まったく実在的に、すべては崩壊しうる。木々も星々も、星々も諸法則も、自然法則も論理法則も、である。これは、あらゆるものに滅びを運命づけるような高次の法則があるからではない。いかなるものであれ、それを滅びないように護ってくれる高次の法則が不在であるからなのである。

(カンタン・メイヤスー『有限性の後で』)

思弁的哲学者は、以上のロジックを携え、私たちの死後をめぐる議論に参入してくる。思弁的哲学者は問う。見たような《理由の非知》を《非理由の知》とみなす思考の転換と、それに伴う「別様である可能性」の絶対化は、どのようにして可能になったのか。思弁的哲学者はいう。そのやり方は、ほかならぬ相関主義者が教えてくれたのだと。相関主義者は、自分の不死性を主張する主観的観念論者に対し、自分の可死性をどのように主張したか。「私たちが存在していることの〈理由の不在〉」から、私たちの可死性を含む「別様である可能性」を引き出すことによって、そうしたのである。ところで「この〈別様である可能性〉は私たちの思考に相関的に思考されることはありえない」(斜体は原文では傍点)。なぜか。「なぜならそれは、まさしく私たちの非存在の可能性を含意するからである」。したがって、自分が存在しなくなる可能性を含む「別様である可能性」は、相関的なものではなく、絶対的なものでなければならない。自己の可死を唱える相関主義者は、自己の不死を唱える主観的観念論者に対抗するにあたり、無自覚のうちにそのことを思考しているのである。そうでなければ、主観的観念論者に対抗することはできない。ゆえに相関主義者は単なる不可知論にとどまることはできない。「別様である可能性」を絶対的なものと認めなければならない。

以上が思弁的哲学者の主張である。この主張の妥当性について考えたい。そのロジックは、見たように、相関主義者のロジックを取り入れ、それを徹底化するというものであった。すなわち、思弁的哲学者は、主観主義者の不死論に反駁する際に相関主義者が持ち出した「事実性」の原理を絶対化した。しかし、先に指摘したとおり、そもそもの相関主義者の可死性のロジックに、躊躇なく受け入れることの難しい、不審な点が含まれるのである。

相関主義者は自分の可死性を主張するにあたり、「私の〈非存在の可能性〉は(中略)私が存在することの〈理由の不在〉とペアをなすように思考可能なのである」と述べている。つまり、「私が存在することの〈理由の不在〉」から「私の〈非存在の可能性〉」を引き出している。この手続きは、それだけをとってみれば、正当であるように見える。しかし、この論証には、じつは隠された前提がある。そしてその前提が真であることの証明を、相関主義者はおろそかにしているのである。

相関主義者は、自分が現に存在する理由はわからないという。それはいい。しかし、それはあくまで「わからない」のであって、「存在しない」と言い切ることはできない。たしかに、自分が存在することに理由がないのであれば、自分が理由もなく存在しなくなる可能性も否定できないだろう。しかし、自分が存在する理由がわからないこと、ただそれだけをもって、自分が理由もなく存在しなくなる可能性があると結論することはできない。なぜなら理由は単に知られていないだけで、実際には存在するかもしれないからである*1。

ようするに相関主義者は、《理由の非知》から《理由の不在》へと思考を短絡させている。あるいは《理由の非知》と《理由の不在》を曖昧に混同している。自分の可死性を自分の不死性のカウンターパートと見る相関主義者の見方は、「非理由」に係るこのような短絡または混同の産物でしかない。そういえよう。そしてこうもいえよう。「事実性」の本性に関するこの思考の不備ないし論理の飛躍を、「事実性」、そして「別様である可能性」を絶対化する思弁的哲学者は、相関主義者からそのまま受け継いでいると。

私たちの有限性に起因する《理由の非知》を《非理由の知》に転換する過程、「私たちにとっての非理由」(斜体は原文では傍点)を「即自的な非理由」(斜体は原文では傍点)と捉えなおす過程、「事実性」と「別様である可能性」を絶対化する過程の裏側で、密かに「非理由irraison」という概念の重大かつ本質的な改変が遂行されているのである。

さてメイヤスーは、私たちの死後に係る議論を締めくくるに際して、相関主義が抱え込む自己矛盾を浮き彫りにしてみせる。脱‐絶対化を主張する相関主義は、その根幹をなす二つの原理のいずれかを「暗に絶対化することでしか機能しない」(斜体は原文では傍点)。相関性を絶対化する主観主義的形而上学に対抗するため、第一原理である相関性の脱‐絶対化を試みるとすれば、第二原理である事実性の絶対化が不可欠となる。他方、事実性を絶対化する思弁的哲学に対抗するため、第二原理である事実性を脱‐絶対化しようとすれば、観念論者のごとく相関項の絶対性を主張せざるを得ない。したがって相関主義的な立場は矛盾なく維持することはできない。メイヤスーはいう。

ゆえに、私たちは循環[=相関的循環(引用者)]の支配から逃れる二つの道をもっている――相関項の絶対化か、事実性の絶対化か、である。ところで、私たちはすでに〔神の〕存在論的証明を斥けることで、形而上学的な選択肢は失効させたのだった――つまり私たちは、観念論の道を採ることはもはやできないのである。なぜなら観念論の道は実在的必然性に囚われているからだ。それは、特定の存在者、ないし特定の存在論者のタイプが、絶対的に存在せねばならないと求めるものである(大文字の《精神》や《意志》や《生》など)。

(カンタン・メイヤスー『有限性の後で』)

「変な気持」の不死論は、メイヤスーが拒絶した側の道、すなわち主観主義的形而上学の道を選ぶものである。それは「この自分」の「実在的必然性」の強度ある実感に支えられている。そのことについて考えたい。

 

(つづく)

*1:じつはこのことは、死後をめぐる架空の対話の中で、相関主義者も明示的に認めている。曰く、自分のいう「可能性」は、思弁的哲学者の主張するような「実在的可能性」ではなく、「無知ゆえの可能性」であるにすぎない。それゆえ死後に係る形而上学的な選択肢――実在論か観念論か――のいずれかに必然性が備わることを否定することは自分にはできない。なぜなら、その「必然性は、調べようがないにしても実在するかもしれない」からである。――メイヤスーによる相関主義者の造形にはブレがあるように思われる。

実在性・不死性・神秘性――カンタン・メイヤスー『有限性の後で』から取り出せる三つの論点(1)

カンタン・メイヤスー『有限性の後で』を読んだ。自分が昔ひねり出したある考え方の再検討に有用と思われる議論がいくつか見受けられたので、拾い上げておきたい。ある考え方とは次のような考え方である。

あの自分はたしかにこの自分である。しかし、あの自分とこの自分の間には、連鎖が欠けているような気がする。この連鎖をプライバシーといってもいい。プライバシーが欠けてはいるが、それでもやはり自分である。とすると、自分であることとプライバシーは無関係ということではないのか。この自分も自分なら、あの自分、他者の自分も自分ではないのか。自分のあるところ、あまねくこの自分があるのではないか。すると、たとえばこの自分が死んだとしても、世界には相変わらずこの自分が遍在しているのではないのか。世界はこの自分に満ちているのではないか。この自分は死なないのではないか。

「変な気持」という表題のエッセイの一節で、梶井基次郎の短編小説「路上」について考察した箇所に含まれるもの。「路上」の主人公は、「ある雨あがりの日」、赤土の斜面で足を滑らせ、小崖から転落しかける。引用部の冒頭「あの自分」とあるのは、足を滑らせる前の主人公における「自分」のことであり、「この自分」とあるのは、足を滑らせた後その出来事を振り返る主人公における「自分」のことである。

滑ったという今の出来事がなにか夢の中の出来事だったような気がした。変に覚えていなかった。傾斜へ出かかるまでの自分、不意に自分を引摺り込んだ危険、そして今の自分。それはなにか均衡のとれない不自然な連鎖であった。そんなことは起りはしなかったと否定するものがあれば自分も信じてしまいそうな気がした。

(梶井基次郎「路上」)

それでは今から『有限性の後で』より三つの論点を取り上げ、順次検討していく。第一の論点は、超越論的主観の存在論的身分についてである。この論点は「祖先以前性の問題」、すなわち生命の出現に先立つ出来事に関する物証や言明をめぐって実在論(科学)と相関主義との間に生じる対立において焦点化される。実在論者はいうであろう。「祖先以前性の問題」は単に「生命をもった有機体の誕生についての経験的な問題ではなく、贈与の到来に関する存在論的な問題」である。「なぜなら、もし生命が出現しなかったならば、贈与も決して出現しえなかったであろうからだ」(斜体は原文では傍点)。ここで「贈与」とは「世界」が「私たち」と相関的に「私たち」の意識に「与えられ」ること、すなわち相関主義的な世界の立ち現れをいうものである。

この見解に対し、相関主義者は、こう反論するだろう。実在論的な主張には「経験的なレベルと超越論的なレベルに関する初歩的な混同がある」。生命と意識をもつ有機体は存在者であるが、超越論的主観は存在者ではない。それは、「存在者についての客観的で科学的な認識を可能にするための条件の総体なのである」(斜体は原文では傍点)。

生命の発生が超越論的主観(相関性)の発生に先立つのか、超越論的主観が生命の発生を語る科学に先立つのか。存在論的差異に基づくこの対立は、論理的(ロジカル)な先行性と年代的(クロノロジカル)な先行性をめぐる対立でもある。

では、相関主義者からの反論に対する、実在論的立場からの再反論には、どのようなものが考えられるか。実在論に与するメイヤスーはこう述べている。

私たちは次のように言われた。超越論的なものは存在しない、なぜならそれは対象のようなしかたでは存在していないからだ、と。確かにそうかもしれない、だが、超越論的主観が対象のようには実際に存在していないということに同意したとしても、超越論的主観は確かにあるのであって、ないのではない。(斜体は原文では傍点)

「存在する」と「ある」の区別。超越論的主観は、存在者としては「ない」。しかし、それは「ある」。どのようにして「ある」のか。「有限性」を備えた「視点」として「ある」のだとメイヤスーはいう。「あらゆる独断的形而上学を拒絶するものとしての超越論は、視点[point de vue]という概念と切り離せない」(斜体は原文では傍点)。すなわち超越論的主観は「世界へのひとつの視点として措定される」。

主体は、世界のなかに位置づけられることでのみ、超越論的になるのだ。そうした主体は世界の有限の一側面しか見いだすことができず、決してその全体性をふたたび取り集めることはできないのである。これは次のことを意味する。超越論的主観がその世界の有限な諸対象と並び立つものとして局所化されるためには、超越論的主観は、あるひとつの身体のなかでのその受肉と不可分である、つまり、世界の特定の一対象と不可分である。超越論的なものはまさしく物体・身体の認識の条件なのだが、逆に、身体は超越論的なものが場をもつ=発生するための条件であると付け加えなければならない。超越論的主観がしかじかの身体をもつということは、経験的なことである。だが、超越論的主観が身体をもつということは、それが場をもつ=発生するための非‐経験的な条件なのである。身体とは、認識の主体の「前‐超越論的retro-transcendantal」条件であると言うこともできるだろう。(斜体は原文では傍点)

超越論的主観がそのようなものであるとすれば、すなわち本性上有限な視点であるとすれば、それは世界内における特定の有機的な身体のうちに開かれるしかない、したがって有機的な身体の出現は経験的次元を超える出来事である、という素朴だが強力な主張である(ように見える)。

まず考えておきたい。この指摘は、メイヤスーが「強い相関主義」に含めるウィトゲンシュタインの「形而上学的な主体」(『論理哲学論考』5.633)にも妥当するだろうか。妥当しないように思える。というのも、メイヤスーのようにいえるには主体を外から眺める視点、すなわち客観的世界像が必要であるが、そのような世界像はウィトゲンシュタインの世界像ではない。ウィトゲンシュタインにおいて「世界」は「私の世界」(同5.62)なのであり、かつ「私は私の世界」(同5.63)なのであるから。いわゆる独我論とも「共同体的独我論」とも異なるウィトゲンシュタイン流の独我論は、メイヤスーの議論からこぼれ落ちている(ように見える)。

しかしその一方で、ウィトゲンシュタインが「私の世界」と述べることそれ自体において、「私の世界」ではない「世界」、すなわち「私」以外のものである「世界」を呼び込んでいることも否定できない事実である。ウィトゲンシュタインはいわゆる他我の実在を承認している。この承認を可能とする場、《諸世界の世界》のようなその場において、有機的な身体は、いわば「前‐形而上学的条件」としての地位を得ることになるだろう。そしてその意味においてウィトゲンシュタインもまた相関主義者の一人に数えてよいということになるだろう。

しかし考えておきたいことはもうひとつある。それは、メイヤスーが相関主義や超越論哲学について語る際に付する、ある留保についてである。たとえば、

超越論は思弁的観念論ではないと主張するのならば、超越論的主観が身体のなかで個体化することなしに存在するとは認められないだろう。なぜならそうでなければ、超越論的主観は、絶対的で《理念的な主体》になるという思弁的実体化を作動させてしまうからだ。(太字引用者)

あるいはすでに見たが、「あらゆる独断的形而上学を拒絶するものとしての超越論は、視点[point de vue]という概念と切り離せない」(太字引用者)という指摘。これに続けてメイヤスーは次のように述べている。

世界に向けられるいかなる視点ももたない主体というものを想定してみよう。それは《全体性》としての世界にアクセスできる主体であり、対象の現実をすべて瞬時に観察して何も取り逃すことはないだろう。だが、そのような者は、超越論的主観の本質的な有限性を失っている。

メイヤスーは相関性に基づく思考スタイルには二種類あるとしている。ひとつはカント(超越論的観念論)やフッサール(現象学)等のいわゆる「相関主義」。もうひとつは、「相関性それ自体を絶対化」(原文では傍点)して「《永遠的相関者》」を措定するとともに、「即自は除去して」しまうタイプの「主観主義的形而上学」である。メイヤスーは、ヘーゲル(思弁的観念論)やバークリー(主観的観念論)、ニーチェやドゥルーズ(生気論)等を一括して後者の範疇に入れている。

他方「独断的形而上学」は、「特定の何か――イデア、純粋現実態、原子、分割しえない魂、調和した世界、完全なる神、無限の実体、世界精神、世界史、等々――が絶対的に存在するはずだ、それがそうであるように存在するはずだ」という「実在的必然性」の主張を柱とする思考と定義される。メイヤスーが「主観主義的形而上学」をこれに含めて考えていることは自明である。

翻って「路上」の「自分」はどうか。その思想的な位置づけ、その存在論的な身分はどのようなものか。

「自分」は足を滑らせた後、次のように考える。

誰かがどこかで見ていやしなかったかと、自分は眼の下の人家の方を見た。それらの人家から見れば、自分は高みの舞台で一人滑稽な芸当を一生懸命やっているように見えるにちがいなかった。――誰も見ていなかった。変な気持であった。

恐らく作中の「自分」は、他我の実在を素直に信じる素朴実在論者であろう。しかしこの素朴な実在論が、一人孤独に崖で足を滑らせるという小さな事件を通して、奇妙な具合に揺らぐ。「変な気持」が到来する。タウマゼインが、といってもいい。

自分、自分の意識というもの、そして世界というものが、焦点を外れて泳ぎ出して行くような気持に自分は捕えられた。

「変な気持」とともに生起したと考えられる思弁は、最初の引用に示したとおりである。あの自分は自分であるのに、まるで赤の他人のようだ。けれど他人から見ればあの自分とこの自分はきっと同一人物であろう。とすれば自己同一性は主観的な実感と無関係ということになる。とすれば赤の他人もじつは「あの自分」と同じく、ほかならぬ「この自分」であってもよいのではないか。いやそうにちがいない。とすれば「この自分が死んだとしても、世界には相変わらずこの自分が遍在しているのではないのか。世界はこの自分に満ちているのではないか。この自分は死なないのではないか」

パレオロジック的なこの推論において、ある種「絶対的で《理念的な主体》」の「思弁的実体化」が発動しているように見える。すなわち「路上」の「自分」は「変な気持」をトリガーとして思弁的観念論に囚われた独断的・主観的形而上学者であるように見える。しかし、「路上」の主観的形而上学と、メイヤスーが『有限性の後で』において述べるそれとの間には、その属性の重要な部分において、際立った違いがある。それはひとつにはこうである。「路上」の「自分」は、「世界に向けられるいかなる視点ももたない主体」ではない。それは、「《全体性》としての世界にアクセスできる主体」ではない。「変な気持」の襲来を受けてなおそれは、有限性を備えた主体としての地位を保持している。しかし、そういうだけでは足りない。

「路上」の「自分」は、「自分」の有限性を過剰に自覚している。有限性を突き詰めているといっていい。それは空間的なものにとどまらず、時間的なものにまで及んでいる。過去の「自分」もまた、まったき他者なのではないかという気づき――この有限性の突き詰め、「この自分」の現在化、「あの自分」の他者化こそが、現在時の他者である「あの自分」の「この自分」化をもたらし、逆説的にも「この自分」の無限性をもたらしているといえよう。

しかし、である。「この自分も自分なら、あの自分、他者の自分も自分ではないのか」といっても、「他者の自分」は、ほかならぬ「この自分」と、いったい何を共有しているというのか?

何も共有していない、といわなければならないだろう。他者の自分は、それが真正の他者である限り、自分とは体も心も共有していない。この自分と徹底的に同一性・連続性を欠いたもの、それこそが他者であろう。

不死性の推論における「自分」が消滅可能な「有機的な身体」でないことはいうまでもないだろう。恐らくこの思弁において、「自分」は、ウィトゲンシュタイン流の「形而上学的な主体」のように捉えられている。それは「人間ではなく、人間の身体でも、心理学が扱うような人間の心でもない」(論考5.641)。自分は自分の世界なのであろう。すなわちこの推論においては「広がりを欠いた点にまで縮退し、自我に対応する実在が残される」(論考5.64)というかたちでの相関性の絶対性が暗黙に前提されているはずである。

ようするに、有限性の徹底化(過去の自己の他者化)と、自他間の同一性の徹底的な欠如――この二つの徹底性においてこそ、自分と他人との同一性、「この自分」の偏在性・絶対性・必然性・永遠性・不死性が確保されているといえる。しかし、こうした同一性を欠いた同一性の主張は、端的に無意味な言明ではないだろうか? これでどうして「この自分」の偏在性・絶対性・必然性・永遠性・不死性が導かれるといえるのか?

大江健三郎の「おかしな二人組」三部作の第一作、2000年に発表された『取り替え子(チェンジリング)』に、主人公であり小説家である古義人が書いた「なぜ子供は学校に行かなければならないか?」というタイトルの文章を、登場人物の一人が読み上げる場面が出てくる。文中の「私」は古義人を指すが、この「私」は、戦後教育の欺瞞に嫌気がさして、学校に行かなくなり、朝から夕方まで一人で森の中で過ごすようになる。ある秋の日、森で激しい雨に襲われた「私」は発熱し、そのまま気を失ってしまう。翌々日、消防団員に救助され、自宅に搬送された「私」は、ずっと寝込んでいたところ、ふと覚醒し、看病していた母親にこう問いかける。

――お母さん、僕は死ぬのだろうか?

――私は、あなたが死なないと思います。死なないようにねがっています。

――お医者さんが、この子は死ぬだろう、もうどうすることもできない、といわれた。それが聞こえていた。僕は死ぬのだろうと思う。

母はしばらく黙っていました。それからこういったのです。

――もしあなたが死んでも、私がもう一度、産んであげるから、大丈夫。

――……けれども、その子供は、いま死んでゆく僕とは違う子供でしょう?

――いいえ、同じですよ、と母はいいました。私から生まれて、あなたがいままで見たり聞いたりしたこと、読んだこと、自分でしてきたこと、それを全部新しいあなたに話してあげます。それから、いまのあなたの知っている言葉を、新しいあなたも話すことになるのだから、ふたりの子供はすっかり同じですよ。

私はなんだかよくわからないと思ってはいました。それでも本当に静かな心になって眠ることができました。そして翌朝から回復して行ったのです。とてもゆっくりとでしたが。冬の初めには、自分から進んで学校に行くことにもなりました。

(大江健三郎『取り替え子』)

その後「私」は、教室や運動場でぼんやりとこう考えるようになる。「いまここにいる自分は、あの熱を出して苦しんでいた子供が死んだ後、お母さんにもう一度産んでもらった、新しい子供じゃないだろうか?」

いわゆる「人格の同一性」をめぐるこの挿話で注目したいのは、「私」に生じた視点の反転である。「私」は、母親の語るジョン・ロック的な理屈を聞いて、「よくわからない」ながら安心した。安心の理由は、仮に自分が死んだとしても、母親によって別の肉体に同一の記憶が移植されることによって、自己が再生され継続するから、というものだろう。しかし、回復後の「私」は、その弛緩した思考において、記憶説を棄却している。自分はじつは自分ではないのではないか、赤の他人にすぎないのではないか。しかし、この疑いの渦中において、ただひとつ確実なことがある。それは、自分は自分でないにもかかわらず、「この自分」は「この自分」である。そうであるほかない。臨死体験を通じて「私」が獲得した実感は、このようなかたちをとっている。

しかし、こうした視点の反転は、「この自分」において、常態的な出来事といえるのではないか。梶井基次郎の考え方に従えば、そういうことになるだろう。自分が生きている限り、視点の反転はつねにすでに起きている。つまり、この自分の視野は、一瞬間前の自分から見た他人の視野である。「この自分」はつねにすでに「あの自分」であり、「あの自分」はつねにすでに「この自分」である。「この自分」は「あの自分」を生きているし、「あの自分」は「この自分」を生きている。さらには、「この自分」は、現に生きている限りにおいて、死んでいない。「この自分」は死ねない。なぜなら「この自分」は人間――死すべきもの――ではないからである。

「この自分」の偏在性・絶対性・必然性・永遠性・不死性は、このようにして導かれる。それは論理の問題ではなく、心理の問題なのだ。

 

(つづく)

極限的な恐怖を凌駕する不思議について

 

山内志朗『ライプニッツ なぜ私は世界にひとりしかいないのか』によれば、23歳のライプニッツが次のように書き残している。

(……)だが、時には夢見ている人が、自分は夢を見ているということが分かっていても、それでも夢は続くことは見逃してはならない。そういう人は、いわば、瞬時目覚めたが、夢の力によって、以前の状態に引き戻されたと考えるべきだ。そして次のことも見逃してはならない。夢から自分で目覚められる人もいるということだ。私にはよくあることだが、何か楽しい夢の光景を見ながらも、自分は夢を見ているんだと分かって、光を取り込むために、目を開けようとして、指でまぶたを押し開けたりした。

(ライプニッツ「夢について」)

じつはこの記事(元は2011年に個人サイトに上げた文章)で「XXX」と呼んでいるものは、このライプニッツの目覚めの技法とまったく同じものである。すなわち、夢の中で両まぶたを左右の指でぐいっと押し開けるというやり方。こうすると、なぜか現実の自分のまぶたも開く。つまり目が覚めるのである。

遺伝云々ということではなく、案外よくある自己覚醒手段のひとつなのかもしれない。

それにしても気になるのは、ライプニッツは「楽しい夢」を見ているとき何故「目を開けようと」するのか、ということである。「光を取り込むため」とはどういうことか? ライプニッツの夢の舞台は薄暗いのか?

ところで先日、永井均「この現実が夢でないとはなぜいえないのか?――夢のような何かであるしかないこの現実について」(現代思想2024年1月号)というエッセイを読んだ。「夢」に備わる重要な特徴が四つ挙げられている。

その第一はこういうものである。「夢は必ず覚めてから後でその本質(夢であるということ)が露呈する」。逆にいえば「夢はその内部からはその本質(すなわち夢であるということ)がつかめない」。つまり人は夢を見ている最中に「自分は今、夢を見ている」と自覚することができないということだ。この特徴は、「いま醒めている(現実である)と思っているこれがじつは夢であるかもしれない(夢でありうる)」という、月並みな懐疑の成立条件を構成するものである。

自分のことを言えば、当該記事に書いたとおり、この特徴づけが当てはまらない。わたしは夢(主に悪夢)の中にありながら自分が夢の中にあることを自覚し、かつ、そこから覚醒状態に移行することができる。そのせいか、「自分は今、夢を見ているかもしれない」といったような懐疑にとらわれたことが一度もない。

しかしである。

自分の場合、夢を自覚するのは大概悪夢の最中であり、かつ必ず「起きよう」と考えてしまうため、ライプニッツのように夢を見続けることができない(「夢の力」が弱いのか?)。ライプニッツに言わせれば、夢の自覚はすでに瞬時の目覚めである。だとすれば自分のケースを「夢は必ず覚めてから後でその本質(夢であるということ)が露呈する」という特徴からの逸脱例と見ることはできないのかもしれない。

とすれば、わたしが「自分は今、夢を見ているかもしれない」といった懐疑にとらわれたことがないのは、夢見の最中における夢の自覚や自力覚醒能力(?)のためではなく、それとは別の、何か判断基準のようなものがあるからではないかとも考えられる。

ライプニッツは、先に引用したくだりの直前部において、夢と現実を区別する基準について次のように書いている(山内志朗前掲書から再度孫引き)。

夢見ていることと目覚めていることの違いは、僕たちが目覚めているとき、すべての事柄は、少なくとも隠されたしかたであろうと、最終目的に向けられていることだ。しかし、夢見ているとき、事柄全体への関係は見られない。だから、目覚めていることは、自分自身を取りまとめていること、次のことを考えていることだ。つまり、「なぜここにいるのか答えろ」「わが身を自覚すること」。現在の状態を、残りの人生、または自分自身と結びつけ始めること。こうして、夢見ている経験と目覚めている経験を区別する規準を手にすることができる。

自分が目覚めていると確信できるのは、現在の場所や状態にどうしてたどり着いたのかが分かっていて、現れている事柄が、相互に、そして先に起こった事柄との適切な結合関係が分かっているときだけだ。夢見ているときには、こういう結合関係があっても気づかないし、たとえなくても驚きはしない。

映画『インセプション』でコブ(レオナルド・ディカプリオ)がアリアドネ(エリオット・ペイジ)に「どうやってここに来た?」と訊ねることによって夢の中にいることを気づかせることができたのも、この基準があればこそだ。

永井均の挙げる夢の第二の特徴は、この基準と関係している。第二の特徴とは、

次々と状況が与えられて展開してゆき、そこに反省意識が挟まる隙間がない、というある種の切迫感あるいは緊迫感の存在である。反省意識が介入する余地がないのだから、たとえば過去(その夢の中での)を思い出したり、逆に長期計画を練ったりすることも、ほぼないといってよい。

しかし自分は夢の中で計画を練ることがある。学校の授業にぜんぜん出ていないため、卒業(ないし進級)試験に向けて、自習計画――漠然としたものだが――を立てる夢をわりとよく見る。また、夢の中でその夢における過去を懐かしく振り返ることも結構ある。

もっとも永井均もこの特徴は「偶然的・事実的特徴にすぎないので、そうではない夢を見ることもまた可能ではある」としている。

では、わたしが現実において夢の懐疑にとらわれることがないのは、永井均が「夢の必然的な特徴」として挙げるもの――「幻覚のようなものと類比的に捉えられた、全体として偽であるといった特徴」――を、この現実(自分にとっての現実)が具えていないからだと考えていいだろうか?

自分が見た悪夢――そしてそこから自力で目覚めた悪夢――には例えばこういうものがある。

《前方の彼方からジグザグに自走する巨大なローラーが迫って来る。このローラーが通った後は世界が無に塗りつぶされていく。このままでは自分も無に塗りつぶされてしまう》

かなり非現実的であるように思える。しかしこの非現実性に基づいて「これは夢だ」という自覚が生じたのかと言えば、それも違う気がする。つまり、夢と現実とを区別する基準のようなものを適用して判断しているわけではない。もっと直観的なもの――はっと気づくのである。

いわゆる現実において、この電撃的な気づきが到来したことが自分にはないのだ。しかしそれはあくまで今のところの話であるにすぎないだろう。それが金輪際到来しないと言い切ることはできないだろう。とすれば、自分の現実の現実性の足場は、かなり危ういと言えるのではないか?

このことは、永井均が四つ目に挙げる夢の特徴――「おそらくは最も本質的であるといえる特徴」――と関係している。

夢のもう一つの、おそらくは最も本質的であるといえる特徴を提示してみよう。それは、結局のところ、じつは単独の夢見の主体から開けているだけで、そこに他者もたくさん登場してくるし、自分もその世界の一員として(も)登場しているにもかかわらず、他者たちと共有された世界ではない、という点にあるだろう。その世界は、自分も他者たちもともにそこに内属する世界として現象するにもかかわらず、実のところは、そこで自分とされるその主体だけが一方的に体験している世界であるにすぎない。

永井均の議論の要諦は、この夢の本質的特徴が、この現実にも備わっているのではないか、という点にある。「夢ではない現実の世界と呼ばれているものは、実のところは、その内部に登場する(という建前になっている)ある一人の人物から(だけ)開かれ、実のところは、その人が体験することに尽きている(というあり方をしていざるをえない)のではないか」。

さて永井均はエッセイを次の一文で締めくくっている。「これはいったい何なのだろうか」(「これ」は原文では太字ではなく傍点)。

自分は、この問いを問いとして問うことに関心がない。換言すれば哲学することに関心がない、のだと思う。ただ、極限的な恐怖を凌駕する不思議として終生大事に養っていきたいとは考えている。

 

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