いぬのせなか座の山本浩貴氏の9月3日のツイートを読んで

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https://twitter.com/hiroki_yamamoto/status/1168929362797826050

まず思ったのは、「こう書いたら世界がこう見えている魂をつくることができる」というのは産出性/再現論の対立とは独立の問題だから、再現論をとる佐々木敦氏に同様の発想があっても不思議ではない、ということ。ただ、佐々木氏が再現論をとっているという、わたしが以前のエントリに書いた話は、いちおうは渡部直己『小説技術論』所収の対談「脱構築VS複雑系」での佐々木氏の発言を踏まえた上でのものだったとしても、見立てそのものは渡部氏の受け売りである。山本氏が佐々木氏のどのあたりに自身と同じ問題意識を見出したのかは分からないけれど、とりあえずは佐々木敦『新しい小説のために』を読んでみないことには始まらないな、という気持ちになった。わたしは魂の創発、魂の制作の条件を構成する言語的事実――ベンヤミンの言語論にいう「言語における伝達」――をめぐる思考についてはだいぶ関心が強い。もしそうしたものが佐々木氏においても現れているのなら、その現われがどのようであるのか、ぜひともたしかめておきたいと思ったのである。

で、じっさい読んだのだが、佐々木氏のこの分厚い本から産出性/再現論の対立の「その先」を取り出すのは、わたしには難易度が高すぎるみたいだ。「私」や「人称」概念をめぐる混乱が放置されているのは、たぶん敢えてそうしているのだろうからいいとして、「現実世界」においては「ひとりの私」が「複数の私」を生きているのが「あたりまえ」なのに、どうして小説ではそれが「あたりまえ」ではないのかと述べ、「移人称小説」の語りに「世界」と「私」の「実相」を見てとる佐々木氏が、「複数の『私』ではないものを含ませて書くことによって、はじめて立ち上がる『私』というものがある」というとき、このようにして立ち上げられた「私」が身にまとっているとされる新しさは、古くから「あたりまえ」のものとしてあったはずなのに小説においては慣例上これまで表象されてこなかった本来的な「私」が、近頃ようやく、「新しい小説」の語りを通じて表象されるようになってきたという意味での新しさだ。つまり佐々木氏のいう「新しい私」とは、小説にとっての「新しい私」であるにすぎない。「こう書いたら世界がこう見えている魂をつくることができる」論にあるような、制作することによって制作されるというフィードバックの契機、「制作者の発達」の契機が開かれていない。

『新しい小説のために』は、わたしには、書名そのままにロブグリエ的な、一周回ったリアリズム論が展開されているようにしか見えなかった。佐々木氏は、「再現」するといっても実質的には「産出」しているのだ、だから産出性/再現論の対立は「偽の問題」なのだといいつつ、「『私が見た』ものを『私が書く』」という構図だけは、なぜか棄てようとしない……。それでも、執拗に生き延びるリアリズムの生存戦略のようなものが、2017年刊行の書籍において、こうして確認できたのは収穫である。読んでおいてよかった。

わたしが2016年1月6日の記事で、「こう書いたら世界がこう見えている魂をつくることができる」論は「再現論を産出論にひっくり返すといった単純な転覆になっていない」と書いたのは、産出性/再現論の対立と、「こう書いたら世界がこう見えている魂をつくることができる」論は、問題として、属している系列が別だと考えているからだ。つまり前者、産出性/再現論の対立は《表現する・される》系の問題であり、後者、魂の創発、魂の制作につながる話は《表現されてしまう》系の問題であると考えている。この二つの問題系は、吉本隆明の用語を使えば、「指示表出」系、「自己表出」系と言い換えることができるだろう。あるいは文法的な比喩によって、能動・受動態系、中動態系と言い換えてもいいかもしれない。いぬのせなか座1号の対談では、山本(山本浩貴+h)氏が、これをベンヤミン風に、「言葉による表現」、「言葉における表現」と呼び分けている。

「言葉における表現」系の問題については、日本では鈴木朖から時枝誠記三浦つとむ吉本隆明へと至る論者の系譜を描くことができるけれど、こうした「主体的なものの直接的表現」(時枝誠記)に向けた注意は、論点継承の各時点において、個性的な屈折と飛躍をマークしている。この表現領域にあっても、もちろん、認知言語学等による学問的な取り扱いがある。でも、個性の最先端の部分は、ときどき、学としての学が踏み込みにくいと思われる箇所まで深く入り込んでいるようだ。吉本隆明が「言語学者たちとの別れ」を余儀なくされた、「その先」に広がる暗い場所だ。

山本氏においては、「言葉における表現」系の思考を踏み台に跳躍したその言葉が、認知言語学的な表現主体の取り込みによって到達可能な地点をはるかに越えて、これ以上いったら危ないんじゃないかという地点にまで届いている。この危ない地点――言語を媒体とした「魂」の「転生」――に至る理路は、いぬのせなか座1号「新たな距離 大江健三郎における制作と思考」で緻密に辿ることができる。だからだれでもたしかめることができる。

吉本隆明のフォルマリズムと自由

 

フォルマリズム的な「日常言語」と「詩的言語」の二項対立はきれいな二項対立になっていない。この二元論を通じて定義される「詩的言語」は端的な「詩的言語」ではなく、「詩的な日常言語」であるにすぎないのである。この事実はあまり意識されない。だからフォルマリストたちは「日常言語」の枠組み、つまり伝達の構図を、無反省にそのまま「詩的言語」の理論に流し込んでしまう。文学は語りえぬものについて語るのだという標語は、文学について根源的に考えようとして、うっかり「言語」を起点にしてしまうとき、思考が陥りがちな穴のうちで一番大きなものかもしれない。「ことばでいいあらわせないから、いわないですませる。これは日常生活者の論理である。ことばでいいあらわせないから、いわなければならない。これが文学者の論理である」と語ったのは『作家は行動する』の江藤淳だが、この理論的著作の冒頭に「文学作品はことばで書かれる」という断定が読まれるのは象徴的だ。江藤淳には自分が前提とする「ことば」に対する疑いがない。フォルマリズム的な思考の典型だと言える。このような思考態様はいまも消えたわけではない。

文学表現をめぐる既存の理論は大きく二つに分けることができる。ひとつはミメーシス論――「芸術は自然を模倣する」――に立脚した理論であり、もうひとつは文学の本質はポイエーシスの過程に宿るとする理論である。作品に現実の模写を見て取る前者の再現論的な見方に対し、芸術の自己目的性、「表出のための表出」性を押し出す後者の産出論は、これがノヴァーリスの言葉であることからも明らかなように、初期ロマン主義的色彩を強く帯びる。たとえば「作品とは何かを表現したものではない、表現そのものなのだ」という主張、「完成された作品よりも作品の制作過程のほうが大事だ」という主張、「作者には作品を支配することができない」という主張は、文学をめぐる近年の理論的言説においても容易に確認できるが、これらはどれもイエナ派の文学理論にあったものである。文学をめぐる思考は、いまなおロマン主義の設定したポイエーシスの問題系、「表出のための表出」という自己目的性の概念の周囲を旋回しているように思われる。しかし、ことはそう単純ではないのだ。

フォルマリズムの論客の一人、ロマン・ヤコブソンは、「言語学詩学」において、メッセージの内容やその発信者・受信者ではなく、「メッセージそのものへの焦点合わせ」のうちに「言語の詩的機能」の働く場所を見出している。つまり「詩的言語」の自己目的性に着目しているわけであり、ロマン主義的だといっていいが、しかしヤコブソンは、「詩的言語」が「言語」であることは否定しなかった。つまりその目的性は否定しなかったということだ。ヤコブソンが詩学的分析において言語の形式に注目するのは、よく指摘されるように、その形式が意味作用を発揮する限りにおいてなのである。そのことはヤコブソンとレヴィ=ストロースによるボードレールソネット「猫たち」の分析を読めば明らかである。もちろんヤコブソンにおいて詩的言語の意味作用は、日常言語とすっかり同じ仕方で機能するものとはされていない。「多義性は自己に焦点を置くメッセージのすべてに内在する排除不可能な特質である。約言すれば、詩の必然的付随特徴である」。あるいは、「間説的機能に対する詩的機能の優越は、間説性を消去するのではなく、曖昧にする。二義的メッセージは、分裂した発信者、分裂した受信者、そしてさらに分裂した関説行為のうちに対応して現われ、これは種々の民族のお伽噺で前置きとして強調されるとおりで、たとえばマジョルカ島の物語の語り手がふつう使う前置きのごときである:“Aixo era y no eraそうだったし、そうでもなかった。”」ヤコブソンの思考は、こうした多義性・曖昧性・分裂性への注目を介してロマン主義の思考に再接続される。ロマン主義もまた、詩の言葉が曖昧であること、多義的であること、矛盾を厭わないことのうちに、その特性の中心を見出している。詩は、こうした過剰に豊かな意味作用を通じて、言葉では語りえないものを表出する。これがロマンチストの主張の顕著なひとつであった。

賢明にもヤコブソンは、こうした言葉では語りえないもの――「いわく言いがたい何か(le je-ne-sais-quoi)」――を詩的言語の「形式的意味」(「文法の詩と詩の文法」)の分析から除外するが、それでもこの「何か」こそが詩の本質性をかたちづくっているという見方は排棄していない。ロマン主義の言説は、言語に背馳するという、ヤコブソンも暗に認めるこの本質性から、批評の不可能性という考え方を引き出す。ノヴァーリスはこう言っている。「ポエジーの批評などというものはナンセンスである」。ただしベンヤミンによれば、この言葉は批評の存在意義を否定するものではない。むしろロマン主義者において批評は、芸術が芸術であることを根拠付ける重要な観念として立ち現れている。「ある作品が批評可能であれば、その作品は芸術作品なのであって、批評可能でなければ、芸術作品ではありえない」(『ドイツ・ロマン主義における芸術批評の概念』)。アテネーウムの一断章で「決して完全には理解されることのない古典的にして端的に永遠なるものだけ」が「批評の素材となる」と語るとき、シュレーゲルは「出来の悪いものは批評不可能である」(同)と言っているのだ。ベンヤミンはそう見る。もっとも、ここで言われる「批評」は、単なる作品の解釈や評価を指していない。ロマン主義者にとって、「〈批判的[批評的]〉という名辞[術語]は、客観的に生産的であること、深い[思弁的]思慮に基づいて創造的であることを意味し」(同)ていた。換言すれば、ロマン主義は詩の批評に対し、それ自体が詩であることを求めていた。「ポエジーはただポエジーによってのみ批評されうる」(フリードリヒ・シュレーゲル「リュツェーウム断章」117))。作品を評価すること、批評することに一体どんな意味があるのか、とか、「批評だって芸術なのだ」(小林秀雄)とかの、批評をめぐって今でもよく唱えられる題目は、ロマン主義にその源流を持っている。

ヴィクトル・シクフロスキーは「《主題》をはなれた文学」で文学作品を「純粋な形式」と呼び、「文学作品の魂とは、作品の構成、作品の形式以外のなにものでもない」と主張している。けれども「方法としての芸術」を読むと、ヤコブソンの場合と同じく、この「純粋な形式」が、さほど純粋でなかったことが分かる。「石を石らしく」見せるため、それを「奇異なものとして表現」するのだというシクロフスキーの異化理論で、本当に狙われているのは、「奇異な」「表現」それ自体ではなく、そうした表現の対象となる「石」なのだ。またシクロフスキーは、「詩的言語とは、難解で、了解を拒絶し、理解するに時間のかかる言葉である」(「方法としての芸術」)とも言うが、こちらの発言から分かるのは、「理解」されるものとしての言語の像、伝達の像をシクロフスキーが手放していないという事実である。ヤコブソンの用語で言い換えれば、フォルマリストたちのいう「詩的機能」とは、遠回りした「関説機能」であるにすぎない。

結局かれらフォルマリストたちが意味や事物を捨象した純粋な形式に注目するのは、純粋に形式そのものに関心があるためではなく、いったん形式に焦点を合わせることによって、さらに多くの意味と、さらに明瞭な事物の輪郭を、その視野に収めるためなのである。つまりロマン主義的な詩的言語の自立性を唱えるロシア・フォルマリズムは、そのように唱えながらも、ミメーシスの過程と伝達の構図をさりげなく再導入しているのであり、その意味で模倣理論の再興という側面を持つ。繰り返しになるが、フォルマリズムとは、遠回りを通じて強化された模倣理論の謂いである。

冒頭見た江藤淳のフォルマリズムは、この迂遠な模倣理論に、再度ロマン主義的な色づけを施している。その彩色はひとつにはもちろん「ことばでいいあらわせない」もの、すなわちヤコブソンがあらかじめ「詩学の諸問題」の対象から除外しておいた「le je-ne-sais-quoi」に関わる。『作家は行動する』の江藤淳は、ロマン主義の文学理論で産出の対象とされた「語りえぬもの」の特性を、フォルマリズムの異化理論において再現対象に位置づけられた「事物」に移転する。と同時に、フォルマリストの思考において作品の外部として捨象されていた生身の作家を、ロマン主義的に――ただし造物主としてではなく、読者に向けて世界の実相を開示する真実の証言者として――回復させる。日本の文学環境に広くいきわたる「詩的な日常言語」の伝達構図(ベンヤミンに言わせれば「ブルジョワ的言語観」)は、このようにして完成を見たのである。

吉本隆明は『作家は行動する』に対し、当時の書評で少し厳しく当たっている。それでも『言語にとって美とはなにか』の序によれば、そこに表明された文体論には、ひそかに画期性を認めていた。そればかりか、日本語の文学作品を材料に自前の表現理論を構築するための土台として、江藤淳と同じように「文学は言語でつくった芸術だ」という立場を採用している。壮年期にあった吉本隆明は、文学作品に現実社会の反映だとか主題の積極性だとかを求める党派的社会主義リアリズム論に不満を募らせていた。「芸術文学の本質」は「社会からも芸術家個人の主体からも切りはなされた想像世界であるという性格」(「社会主義リアリズム論批判」)にこそあるはずだ。文学作品の価値を決めるのは、なにが書かれているかではない、どのように書かれているかだ。このような理論的立場を鮮明に打ち出す『言語にとって美とはなにか』は、だから言語から始まるフォルマリズムの基本姿勢をそのまま継承しているように見える。しかし、この見方は皮相である。吉本隆明は「人間の意識の表出」という高度に抽象的な次元を設定し、この「表出」(Ausdrückung)を「自己表出」と「指示表出」の二つに分け、その上で両者にそれぞれ別個の属性――前者には「価値」、後者には「意味」――を割り当てている。つまり形式を形式そのものとして、じかに取り扱おうとしている。形式を意味や事物にひもづける生半可なフォルマリストたちと吉本隆明との違いは、この点に明らかだ。詩的機能(自己表出)を強化された間説機能(指示表出)に還元する思考に到る道筋を完全にふさいでしまった吉本隆明は、ひとりフォルマリズムを貫徹している。でもそれだけではない。

ロマン主義文学は、あらゆる種類の文学的個体の特性描写をおこなうことがその唯一の重要な任務であると考えたくなるほどに、描写された対象の中に自己を没入することもある。だかそれにもかかわらず、このようにして作家の精神を完璧に表現することのできるほどに完成した形式はまだ存在していない。そのため幾人かの芸術家たちは、単に一篇の長篇小説を著そうとしてたまたま自分自身を表現するという結果を得たにすぎないのである。

フリードリヒ・シュレーゲルアテネーウム断章」116)

『言語にとって美とはなにか』中、次の一節を読むと分かるのは、シュレーゲルが右にいうような「たまたま自分自身を表現するという結果」が起こりえるという考え方――ロマン主義に残る模倣理論の残滓――を、吉本隆明がいさぎよく捨てようとしているという事実である。ロマン主義純化という方向性をここから取り出すことができるだろう。

言語が情緒を表現しているようにみえるばあい、その理由を、こころの態度のなかの情緒におわせるのは誤解だとおもえる。おなじように言語の指示性におわせることもできない。ただ言語の自己表出性におわせられるだけだ。自己表出性といえば、ひとつの架橋(Brücke)だから、言語とこころの態度の両端にまたがり、そのどちらにも足をかけているようにみえる。でもひとたび表現芸術である作品をかんがえるばあいは、こころの態度と表出された言語とのあいだのかけ橋とかんがえるより、表現された言語の持つ構造とみたほうがいいのだ。

吉本隆明『言語にとって美とはなにか』)

意識(「こころ」)と言語の間にはつながり(「架橋」)があるが、そのつながりは表現の関係をとるものではない。端的には自己表出は自己表現ではない。作者の意識(「こころ」)は、意味作用や指示作用(「言語の指示性」)から切断された純粋な形式(「言語の自己表出性」)として、その構造として、言語作品に丸ごと移転され、落とし込まれている。言語作品が「情緒を表現しているようにみえる」のも、この構造の効果なのであって、作品に先立つ「情緒」をその文字面に読み込むべきではない。

こうした吉本隆明の考え方は、マルクス主義リアリズム論のみならず、小林秀雄流の象徴主義リアリズム論からの脱却にも道を開いている。「様々なる意匠」にはこういう主張がある。「人は芸術というものを対象化して眺める時、或る表象の喚起する或る感動として考えるか、或る感動を喚起する或る表象として考えるか二途しかない」。これは一見すると、ポイエーシス的な芸術理論とミメーシス的な芸術理論を対立させているかのようであるが、小林秀雄がそれしかないと考えるこの「二途」において、芸術が「表象」であることは、まったく疑問視されていない。だから吉本隆明が、「文学のような『情緒を写し出す』とみられやすい言語表現では、その原因を『思惟の情緒的内容』とむすびつけるのが、いちばんわかりやすい。そして一般に言語学者はあまり単純なところで文学を論じるために、文学の表現を誤解しているとおもえる」と言うとき、そこで批判されているのは、シャルル・バイイに代表させられた言語学者だけではないのだ。象徴主義について「彼らは、ただ、己れの心境を出来るだけ直接に、忠実に、写し出そうと努めたに過ぎぬのだ。(中略)彼らの問題は正しく最も精妙なる『写実主義(レアリスム)』の問題ではないか」(「様々なる意匠」)と言い、また、ボードレールの『悪の華』について「言葉はひたすら普通の言葉では現し難いものを現さんとしている」(「表現について」)と指摘する小林秀雄の表象=再現論には、歪んだロマン主義の成分がはっきりと滲み出しており、その意味で小林秀雄象徴主義リアリズム論は、江藤淳が後年展開するロマン主義リアリズム論の先駆になっている。おそらく吉本隆明の場合、文学表現の理論を自作する試みの中で、いちから言語の像を鍛えなおすという苦しい過程をくぐっているため、日本の近代文学批評の発端にあった出来合いの言語の像からすっかり自由でいられたということが大きい。そのため「真のリアリズム」(江藤淳)といった発想から自由でいられたのである。

 

※関連するエントリ:

波動言語論、あるいは煙幕としての言語について - 翻訳論その他

吉本隆明『言語にとって美とはなにか』について - 翻訳論その他

一九五九年型リアリズム――「語り得ぬもの」を語るやり方としての - 翻訳論その他

 

暗いバス通り――保坂和志「こことよそ」論(7)

 

月報エッセイの内容は、そのほぼすべてが「こことよそ」に取り込まれている。フロイトの夢の話も別ではない。けれどエッセイを締めくくる、右に引いた段落の要諦と言ってもいいかもしれない、中段のよじれた文による記述は別かもしれない。「私はむしろ今の自分の方こそ、考えのなかった二十代の自分が見ている夢かもしれない」。この文は小説のなかに取り込まれていない、作品の外部のその場に留め置かれている、そのように見える。しかし、それは表面上のことである。先に見たバス通りの言表の言語の体内に込められた、過去の自分が現在の自分のことを思い出しているという状態は、現在の自分(六十歳の自分)が過去の自分(二十代の自分)の見ている夢のなかの自分であればこそ可能になる状態だ。目覚めたとき夢は、目覚めた自分にとって過去となる。二十代の自分が六十歳の自分のことを自分の見た夢として思い返すとき、その状態が手に入るだろう。また同じく、現在の自分が現在の自分のことを思い出しているという状態は、思い出す側の自分(六十歳の自分)が思い出される側の自分(六十歳の自分)と同一の自分ではなく、ほんとうはそれとは別個の自分であることに薄明のなかで気づいている状態をあらわしている。「思い出している」という言葉には時間的な差異への気づきが鮮明にあらわれているが、時間的な差異と質的な差異が二つの自分を分かつものとしてあるという完全形の事実は、この段階では意識にとって未到の領域にあるため、こういう奇妙な言い方が生まれている。こういう奇妙な状態は、夢のなかの現在の自分(六十歳の自分)が、ほんとうは夢のそとで夢を見ている現在の自分(二十代の自分)であることを、当の夢のなかで淡く自覚するときにあらわれる、あの遷移的な状態によく似ている。そのとき自分は夢を見つつも半分夢から覚めている。夢の現前と、夢の想起とが、混淆しているのだ。

つまり「こことよそ」の言表が生きる二重写しの異様の現実は、六十歳の小説家の自分は、「ただ小説家になりたいという思いばかりを持っていた」若い頃の自分の見ている夢の自分なのであり、つまり現に小説家である大人の自分は、小説家になることを夢見ていた青年の自分よりも大きさとして小さくあるという事実認識が世界をさしおいて独力で作りあげた現実である。つまり「その記憶はすごくリアルで私は逆向きに歩きながら六十歳のいまを思い出しているようだった」という小説の言葉と、「私はむしろ今の自分の方こそ、考えのなかった二十代の自分が見ている夢かもしれない」というエッセイの言葉は、同じひとつの薄明の現実状態を指し示している。

しかし、エッセイでは、この言葉に引き続き唐突に、エッセイを書く「私」のそれとは別の、ひとつの声が立ち上がる。「私」に対して「おまえ」と呼びかける、その声が荘厳に告げる。「おまえはそうであることを望んでいるに違いない」と。どこからともなく「私」のもとにやってきて「私」の語りの首座をかすめとるこの言葉の抱え込む意味内容は、たしかに、小説の言葉に受肉していない。小説の内部に見られるのは、「私はあの若かった頃があったそれを確認するだけで喜びがある」という言葉までだ。いまの自分がその「若かった頃」の自分の見ている夢の現在に限定された生を生きる、小さな像の自分であればいいのにという思いまでは書き込まれていないのである。しかし、「こことよそ」に書き込まれていないが、そこに書き込まれた、厳格に曖昧であること通じ、離接的綜合を体現するその言表には、月評エッセイのなかで垂直の何者かによって言いあてられた、この根源的な秘密の思いが込められているのではないか。異様の現実の像は、この根源的な秘密の願望の作りあげた心の産物なのではないか。このような修辞的な疑問の声が、わたしたちの外部から聞こえて来るようだ。

けれどもわたしたちは、このように冷め切った理知的な声に説得されることはないのである。「こことよそ」の厳格な曖昧さのうちに固く閉じこもった言表から、わたしたちがいやでも受けとってしまう事項は、真理の告知を装う荘厳な声の告知する、がりがりに痩せ細った願望の言葉に切り詰めることはできないのである。「おまえはそうであることを望んでいるに違いない」という言葉は、まさにそれが言葉であることによって、「その記憶はすごくリアルで私は逆向きに歩きながら六十歳のいまを思い出しているようだった」という言表に相関する言語の外部であることから降りている。願望は願望であるかぎり言語の内部であるほかない。それは語りえる。それは語られた。わたしたちの立場は揺るがない。作者の思いがあって、そこからおかしな文が生まれるのではない。おかしな文に、わたしたち読者が作者の思いを見てとるだけなのだ。「こことよそ」の言表からわたしたちが受けとる思いは、小説の内部にも、外部にも、どこにも、その表現的な相関物を見つけることができない。それはその思いとして受けとられるものが、ほんとうは思いとしての資格と内実を持っていないからだ。それは背後のない、背骨の抜かれた純粋な手ごたえ、または手触りであるにすぎない。そこに作者の思いを見てとるのは、ただの習慣、ただの取り決めに従った、機械的な反応であるにすぎない。わたしたちが分かりにくく、分かりにくい「こことよそ」の言表に、たしかな手ごたえ、または手触りを感じるとして、この手ごたえ、または手触りを生み出しているのは、その手ごたえ、または手触りに先立ってある作者の思いなのではなく、二つ目の焦点を作品の内部に据えようという、純粋に作図的な作者の、小説家の、保坂和志の企図であると考えざるを得ない。

晦日の夜、鎌倉のバス通りを歩きながら、六十歳の「私」は、「大学五年」の頃の自分が元日の夜、同じ道を逆向きに歩いていたことを思い出した。あるひとつの構造において作品に推進力を与える役割を担っていた、この挿話の三度におよぶ反復は、別のひとつの構造においては、三度目の反復に込められた離接的綜合を、それに先立つ二度の記述との差異において読者に印象づける、合図としての役割を果たしている。だからこの反復は、二重の機能を発揮しているのだと言える。そしてその機能の二重性において、分かりやすい分かりにくさと、分かりにくい分かりにくさの双方に働きかけることによって、二つの言語の外部を読者であるわたしたちのもとに送り届けているのだと言える。この作品からは、このようにして二つの外部が、二つの態様でこぼれだしている。一方で言語の外部は、作品の外側に脱出している。他方で言語の外部は、作品の内側にめくれこんでいる。二つの外部は、お互いがお互いに対して異質であり収斂しない。二つの外部は、それぞれが作品の言語の外部であることの権利を声高に主張して譲ろうとしない。調停は無理だ。不可能である。それは作品を消却することだ。そんなことはできない。そしてなにより、二つの外部の言いぶんをきくことが、どうしてもできない。なぜならそれはただの外部でなく、言語の外部であるからだ。わたしたちにできるのは、二重の生を生きる、三度の繰り返しから浮かび上がる、ひたすら「暗く閑散としたバス通り」の、夢のようになまなましいその暗さの手触りを、こうしてただ、たしかめることだけだ。

 

(終り)