「TEMOIN ASSISTE」のこと

たまには実務翻訳者らしい話を。

何年か前からフランスのメディアや法律関係のテキストでちらほら見かける言葉に「témoin assisté」というのがあって、刑事手続き上の地位(statut)のひとつなのですが、これ、翻訳する際、毎度すごく悩まされています。とても訳しにくい。ほかの人たちはどんなふうに訳してるかと思って、仕事でこの言葉に出くわすたびGoogleで検索をかけたりもしてみるのですが、日本語のサイトでは、ぜんぜんヒットしない。

つい先日も、ネットでTF1の動画を観てたら、出てきました。IMFクリスティーヌ・ラガルド(Christine Lagarde)専務理事に関するニュースの中です。

ご存知なかたはご存じのとおり、彼女には職権乱用疑惑(サルコジ政権下で財務相を務めていた頃の話)が出ていて、今年の3月、家宅捜索が行われています。で、4月には共和国法院(Cour de justice de la République)から呼び出しを食らった。どんな決定が下されるか注目されていましたが、2日間にわたる事情聴取の末、5月24日に同院が言い渡したのは、ラガルド氏を「placer sous statut de témoin assisté」にする、つまり「témoin assisté」として処遇する、というものでした。そのニュースを観た。

うちでは朝日新聞(朝刊だけ)をとっているですが、この話、載ってませんでした……。

で、ネットのほうもチェックしてみたんですね。いちおう。あまり期待せずに。そしたら、なんと! あったですよ。なにげに。「témoin assisté」の日本語訳が。毎日新聞と読売新聞の記事の中に。やあ、びっくりした。

せっかく見つけたので、ここに抜粋・引用しておきます。まず、毎日新聞のほうから。

国際通貨基金IMF)トップのラガルド専務理事(57)がフランス財務相時代の2007年に関与したとされる権力乱用疑惑で、閣僚の在任中の犯罪を扱う司法機関・仏共和国法院は24日、ラガルド氏を当面は正式な捜査対象としない決定を下した。

ラガルド氏は23、24の両日、証言のため出頭。共和国法院は「保護観察付き証人」にすると決定した。

「保護観察付き証人」は、容疑性の薄い「証人」と「正式捜査対象」の中間。今後、証人として出頭要請を受けたり、正式な捜査対象となったりする可能性は残るが、共和国法院は現時点では不正に関与した証拠が不十分と判断した。
(「IMF権力乱用疑惑:ラガルド氏、捜査対象とせず 仏法院毎日新聞2013年05月25日11時11分)

次、読売新聞。

仏メディアは24日、国際通貨基金IMF)のクリスティーヌ・ラガルド専務理事が、仏財務相時代の職権乱用疑惑で訴追されない見通しになったと一斉に報じた。

仏共和国法院が23、24の両日、ラガルド氏を聴取した後、同氏を重要参考人に相当する「補佐付き証人」として扱うことを決めたため。疑惑をめぐる新証拠が出ない限り、同氏は容疑者として身柄を拘束されない。同氏は聴取後、「私は常に法律に基づいて行動してきた」と述べ、疑惑を改めて否定した。共和国法院は閣僚の在任中の犯罪を扱う裁判所。
(「IMF専務理事、職権乱用疑惑は訴追ない見通し」読売新聞2013年5月25日18時12分)

太字で強調した「保護観察付き証人」と「補佐付き証人」が「témoin assisté」に対応するんですが、両記事とも、この言葉について簡潔に説明していて、わかりやすい。でもじつはこうした解説、日本の報道に限ったことではなく、彼の国のニュースでも同じなのです。

この地位が刑法典に盛り込まれたのは1987年のこと。その後、推定無罪の原則に照らして規定が強化されたのが2000年(いわゆる「ギグー法」による)。比較的新しい制度ですから、「témoin assisté」と言われても、まだピンとこない人も少なくないんでしょう(たぶん)。

毎日の記事では、「容疑性の薄い『証人』と『正式捜査対象』の中間」と書いてますね。AFP通信が配信した記事では、「intermédiaire entre simple témoin et mis en examen」という表現です。「simple témoin」と「mis en examen」の中間ということ。「simple témoin」は「単なる証人」という意味で、これはおおむね日本語の「証人」と同じと考えていいと思います。司法の場で、自分の知っていることを偽りなく証言する人のことをいう。

次に「mis en examen」ですが、フランス法では、「予審(instruction)」と呼ばれる刑事手続きに付されることが決定した人のことをこう呼びます。「予審」っていうのは、重大な犯罪や色々厄介な事案の場合に、公判(裁判所での審理)に先立って予審判事(juge d'instruction)が行う捜査のことです。この予審の段階で、被疑者への尋問や証拠の収集、鑑定作業などが行われ、公訴を提起すべきか否かの判断がなされる。

ところで、この予審判事、昔は「ナポレオン以上」、今なら「大統領以上」と言われることもあるくらい絶大な権限を握っていて、被疑者を長期にわたって未決勾留(détention provisoire)に置いたり、その行動の自由を制限(contrôle judiciaire)したりすることもできるという、かなりコワイ人です。

もちろん被疑者は、このコワイ人に一人で立ち向かわなければいけないわけではなくて、予審において弁護士のサポートを受ける権利が認められています。弁護士は、尋問に立ち会うことができるほか、その事案に関係する書類を閲覧・謄写することができます(刑事訴訟法典第114条)。

具体的な手続きの流れは、こうです。検察官(正確にはprocureur de la République)による予審開始請求(réquisitoire introductif)を受け、予審判事が被疑者に出頭(première comparution)を命じ、事情を聴取(audition)する。そのうえで、予審判事は、被疑者を予審手続きに付すかどうかを決定します(予審に付すという決定のことを「mise en examen」と言います)。ただし、予審に付すには、正犯ないし共犯であることを強く疑わしめるに足る十分な状況証拠(刑事訴訟法典art. 80-1の規定では「indices graves ou concordants」すなわち「重大な、または整合性ある徴憑)のあることが必要になります。で、こうした十分な徴憑はないけれど、完全に白とも言い切れないという人が、いま問題にしている「témoin assisté」という立場に置かれることになる。

ラガルド氏の場合、閣僚時代の犯罪が問われているので、予審判事ではなく、共和国法院の予審委員会(Commision d'instruction)のもとに出頭しました。で、この予審委員会が、ラガルド氏本人から聞き取りした結果、同氏を今後「témoin assisté」として扱うと決めたというわけです。

さて、「témoin assisté」の大まかな位置づけがわかったところで、いよいよ、これをどう訳すか、という問題に移りたいと思います。毎日新聞の記事が「保護観察付き証人」、読売新聞の記事が「補佐付き証人」と訳しているのは、すでに見た通りです。「témoin」は両紙とも「証人」で同じですから、問題は「assisté」の訳し方ということになる。「保護観察付き」か「補佐付き」か。どっちがいいか。

それを判断するには、まず、この「assisté」という言葉――「支援する、補佐する」という意味の動詞「assister」の過去分詞――の内実を確認する必要があります。

手っ取り早く、法律の規定を読んでみましょう。「témoin assisté」は、刑事訴訟法典法律の部第1篇第3章第1節第4款第2小款(第113-1条から第113-8条まで)に規定されていますが、何より注目すべきは、第113-3条に含まれる次の文言です。

Le témoin assisté bénéficie du droit d'être assisté par un avocat qui est avisé préalablement des auditions et a accès au dossier de la procédure, conformément aux dispositions des articles 114 et 114-1.

「témoin assistéは、弁護士によってassisterされる権利を有する」と書いてある。この弁護士は、事前に事情聴取について通知を受け、事案に関する書類(調書やら書証やら)を閲覧できるとあります。

したがって、「assisté」は、この条文から素直に考えて、「弁護士の補佐を受けている」という意味になります。これはもう間違いない。フランス語の場合、刑事のコンテキストでこんなふうに「assisté」とあれば、それはもう「assisté par un avocat」に決まっていると。言わなくてもわかると。そういうことなんでしょうね、きっと。

「単なる証人」は、刑事訴訟法典第114条に規定されるような、こうした弁護士のサポートは受けられない。だから、弁護士の介入を回避するため、かなり黒に近い被疑者をあえて予審に付さず、証人の立場に置いたまま、えんえんと取り調べを行うということもあるとかないとか。もちろん、こうした行為(mise en examen tardive)は、刑事訴訟法典第105条(「重大な、かつ整合性ある徴憑」のある人は取り調べで「証人」として扱ってはならないとする規定)に鑑み、手続きの無効原因(cause de nullité de la procédure)を構成するわけですが、他方、その証明は困難とも言われています。

話を戻しますと、「témoin assisté」は、「証人」でありつつ、「予審対象者(mis en examen)」に近い権利(防禦権)が認められている。一方、あくまで「証人」であるから、「予審対象者」みたいに、自由を剥奪されたり制限されたりすることはない(つまりdétentionもcontrôleもナシ)。ただし、不起訴というわけではないので、その後、有力な状況証拠が出てくれば、予審に送られる可能性はある。

以上が「témoin assisté」という地位の具体的内容です。これを踏まえ、あらためて訳語の問題を考えたい。

まず、毎日新聞の「保護観察付き」という訳し方。これは、うーん、かなり無理っぽい。「保護観察」って、ふつう少年犯罪とか、成人なら執行猶予とかの場合に使われる言葉ですよね? ちょっと誤解を招く表現なのではないか。仏刑事訴訟法典を見た限りでは、何らかの形で「観察」されるってこともないようですし。というわけで、どちらかと言えばですが、読売新聞の訳し方のほうがいいような気がします。無難。ただし、「補佐ってなによ?」「誰によるどんな補佐よ?」って疑問が出てくることは避けがたいと思われます。

ぼくは、これまで、場合に応じて「重要参考人」と訳したり、「弁護士付き証人」と訳したりしてきました。でも、「重要参考人」は、使える文脈や場面が限定されますし、「弁護士付き証人」は、「局長付き〜」と同じように「証人が弁護士にくっついている」という語感も拭いきれず、どちらもイマイチ。「被補佐証人」とか「補佐のある証人」とかってのも考えましたが、どうもしっくりこない。

で、今回、思いついたのが、これです。「弁護人を付された証人」。べつに無理してコンパクトに訳す必要ないじゃん、ってことですけど……どうでしょう? ご意見お待ちしております(嘘です)。